これまでの道のり

ストーリー

誕生秘話

私たちは東アジアを旅し、各地の酒を飲み歩きました。沖縄・台湾・南北朝鮮・中国・ベトナム・カンボジア……。
その数、二百酒以上。その中でも、ひと際印象深かったのが、チェジュ生マッコリです。爽やかな酸味と、甘さ控えめの優しい味、舌にピリリとくる微炭酸のきいたキレの良い味は、一度飲んだら忘れられません。
何としても、このマッコリをみなさまに飲んで頂きたい……。が、しかし、メーカーにかけあってみると、「韓国本土にすら送ったことのない門外不出の酒で、日本なんてとてもじゃないけどダメだよ!」と言われてしまいました。
けれどもあきらめきれず足しげく通い、四度目にしてやっと、「そこまで好きならやってみよう」と、輸入が実現しました。三顧の礼ならぬ、四顧の礼で口説き落としたチェジュ生マッコリ。

韓国チェジュ島

韓国チェジュ島にあるマッコリ製造元

焼肉屋さんに魅せられて

済州島の醸造所から釜山港へ、半島の南端から日本へ、細心の注意を払い荒波を越え渡ってきたマッコリ。しかし顧客はゼロ。ただ美味しい一念のもと持ってきてはみたものの、冷蔵倉庫に堆(うずたか)く積まれた在庫の山「2400本」を眺めながら、途方に暮れてしまいました。かめに兄弟二人、来る日も来る日もクーラーボックスにマッコリを詰め、10万円で譲り受けたスバルの中古軽自動車に乗り込み行商しました。酒屋さん、韓国料理屋さん、済州島にゆかりのある飲食店などなど。深夜一時の閉店後の出待ち、太平洋戦争の戦友の紹介でやっとのこと辿り着いた商談等々、そこでにべもなく「マッコリなんていらない」、「他と変わらない」、「値段は?なんぼ?」……。
味をみることのない値段の話。心の底から、悔しさが込み上げてきました。
そんな面白くも苦しい中で、唯一、ただ唯一、マッコリの味を丁寧にみて話を聴いてくださったのが、街の灯のように佇む焼肉屋さんたちでした。タレ・キムチ・冷麺…燦然と輝く焼肉料理と一つながりのお酒として、私たちのチェジュ生マッコリをみてくれたのです。
それまでの悔しさが一気に晴れ、彼らに認められたことに、心の打ち震える思いを禁じえませんでした。そして私たちは、味を追求する真摯な焼肉屋さんの姿に魅せられたのです。

焼肉屋 大昌園様

話を聞いてくださった焼肉屋さん

かめに創業十年

焼肉屋さんとチェジュ生マッコリの化学反応から、十年。マッコリブーム、韓流ブームが遠い過去のものとなった今でも、私たちのチェジュ生マッコリは、過ぎ去ることなく確かに着実に売れ続けています。創業以来十年間、たった一つの商品を鍛えに鍛えあげてきたからです。済州島の伝統技術者を日本に招いて約二年に及ぶマッコリ造りと研究、国内外の冷蔵物流体制の見直し、容器・荷姿の改良、デザインの進化、日々の製造工程のチェック。
初めて済州島から海を渡った日から今日まで、数々の失敗があり、時にお客様にご迷惑をおかけしたこともありましたが、私たちのチェジュ生マッコリは歩みを止めることなく日々進化を遂げています。

亀は神様と人間の間を行き来する神聖な生き物でした。
兄弟が実家で育てていた亀二匹。かめに商事の由来です。

かめに商事代表取締役 中條 朝(はじめ)
中條 暁(あきら)

お酒を入れる壷

創業にあたり沖縄の恩人が作ってくれた壺

チェジュ島ハルラサン

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